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2007/05/23

J-Castでも似たような話題が出ている

犯罪者の責任追及をすることと犯罪被害者にならないように気をつけることとが排他的な関係にあるわけではないという簡単なことが理解できないらしい人々から粘着されている今日この頃だが、同じ問題に関して、J-CASTニュースにも下記のような記事が出た。
J-CAST News:ミクシィ巡る男女トラブル 巻き込まれない方法

ま、とにかく、アイデンティティを知られてしまうと、ネット上ではどこで何をしていてもたちどころに現れて嫌がらせをするストーカー男がいることは確かだし、実名でネット上に何かをするということはそういうリスクを引き受けると言うことに他ならない。実名に限らず、コテハンでもなんでも、ネット上でアイデンティティを確立しようと思えば、一定の確率でそういうのがつきまとうリスクがある。
それが犯罪のレベルに達すれば、警察の出番となるが、犯罪とならないレベルでかつ相手に不快な思いをさせることは可能なのだ。

#さらに始末に負えないことに、中にはこうしたストーカーが自覚がない、自分だけは正しいと思いこんでいるケースもある。
##もちろん、不快な思いをさせられたからと言って、すぐに警察が動いてくれるというのも、それはそれで問題がある。

なんだか、インターネットは危険に満ちているみたいな話になってしまうが、それもまた本意ではない。実社会同様、圧倒的多数は普通の常識ある人々であって、多少羽目を外しがちになったり無責任になったりするかもしれないが、その程度だ。
問題は、やはり実社会同様、ごく少数の犯罪者、変質者、性格のねじれた人、偏執的ないし粘着質な人がいて、そのようなロングテールな人々が、実社会ではなかなか知り合えない有名人とか美しい女性(と見える人)とかと接触を持てたりするのがネットだ。
例えば社内SNSとか学内SNSというような部分的ネットワークを作るならば、その社内ないし学内と同程度の安全性は保たれる。しかし実社会と同程度の開放性あるネットワークを享受しようと思えば、結局実社会と同程度のリスクも生じてしまう。事後的には排除することができても、リスクが現実化する前に「アブナイ人たち」を排除することなど不可能だからだ。

ということで、やはり自分の身は自分で守る、せめてできる範囲で、しかしネットで自分がやりたいことの邪魔にならない範囲で、というのが結論だ。

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コメント

>なんだか、インターネットは危険に満ちているみたいな話になってしまうが、それもまた本意ではない。

というか、「"出会い"やすい」と言うところが違うだけで、存在している危険性は現実社会とほぼイコールで見て間違いないはずなんですが。

『多少羽目を外しがちになったり無責任になったりするかもしれない』というのも、群集で個が隠れる状況などで、やはり現実に存在しますし。(例:物売るってレベルじゃねーぞ)

よくあがる対策自体も、けして『ネットに特有の突飛なもの』というわけではないので、想像力と冷静さが必要なのかなと思います。

投稿: サスケット | 2007/05/23 01:55

>#さらに始末に負えないことに、中にはこうしたストーカーが自覚がない、自分だけは正しいと思いこんでいるケースもある。

 これもネットに限らず現実社会でもよくあるケースだと思います。
 悪い意味の唯我独尊(唯我独善)で他人をむやみやたら攻撃する(中には知らない人のところへ出かけてまで罵倒三昧する)人が現実にいますので。

投稿: 通行中 | 2007/05/23 12:52

>やはり自分の身は自分で守る、せめてできる範囲で、しかしネットで自分がやりたいことの邪魔にならない範囲で、というのが結論だ。

そのとおりだと思います。

それにしても、自ら危険に追い込む方も結構居ます。

コンピューターウイルスの無料配布、感染希望者は409人 (ロイター)
http://news.www.infoseek.co.jp/topics/comp/virus/story/23reutersJAPAN260934/

ネットは、使い方が分かっている人間にとっては、とても安全ですが、使い方が分からずに、危険な目にあってしまう、ということが多いように感じます。そして、自ら、危険な目に遭いに行く方も。

すべてをシステム不備に解消できるわけも無く、危険であるということを前提に動くことが最も重要な安全策の一つであることは間違いがありません。

僕自身は、ネットは非常に危険なものが多数存在し、それと遭遇する可能性が高いと思っているので、使いこなせない人間には、使いこなせる範囲でのみ動くことを勧めています。自分自身が使いこなせる範囲でのみ動いていますから。

自分の身を守らずに、安全に過ごせるようになるのは、理想ですが、現状において自分の身を守ることを言うだけで、発展的ではない、自分の身を守ることなど出来ない、という言説は、被害者増産を放置しろといっているように思えます。

まあ、何にせよ、危険なことに出来る限りあわないために、普段から何をしているのか、ないしは、何を考えているのかが非常に重要なことであって、それを否定しても何も始まらないと思うんですが。

投稿: こう | 2007/05/23 17:15

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