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2006/11/25

OMN:共有地の悲劇

オーマイニュースはオピニヨン会員というメールアドレスだけ登録すれば一言欄に書き込める制度を廃止した。
市民記者登録(実名・住所・銀行口座)をしたものだけが、記事も投稿でき、一言欄に書き込みもできるというシンプルな構成となった。

このオーマイニュースについては、かつてのエントリでも触れた。

これには佐々木俊尚さんがCNET Japanのオピニヨン「平野日出木さん、本当にそれでいいんですか?(上・下)」にて、詳しい経過を書いている。経過などは参照すると良い。または佐々木さんは来る12月2日の情報ネットワーク法学会第6回研究大会でもネットジャーナリズム関係のシンポジウムに登場する予定なので、直接みたい人は同日の筑波大学春日キャンパスに来られるとよいだろう。

さて、オーマイニュースの発足時はたしかにひどいありさまだった。まさに匿名の卑怯者が跋扈する世界でもあったし、逆に市民記者の記事もブログで書く雑感と同じようなレベルのものがかなりあり、編集部の対応も余裕のある市民記者からは同情されてしまうくらいお粗末だったようだ。

もちろん読み応えのある記事というのもたくさんあった。ところが、読み応えがあるということはたいていプロボカティブなものだから、積極消極両方のコメントがぶつかり、罵倒に走る者も出てくるし、また思わせぶりなコメントで誤解を振りまく者もいた。
ちなみに現在残っている市民記者同士の一言コメントでも、本人はそのつもりがないのだろうが、思わせぶりでミスリーディングな、奥歯に物が挟まったようなコメントをする人がいて、不必要に相手をいらだたせているように見える。(例えばこの記事の一言コメントなど参照)

オーマイニュースの今後はどうなるか?
率直に言って、あるサイトが実名登録主義になろうが匿名参加主義であろうが、どちらでもよい。そのことには余り関心はない。ただ、不特定多数人が自発的に情報をアップすることを本質的な要素として集合知を実現するようなメディアになるのであれば、それはそれですばらしいことであろう。
もっとも、一極の編集部が編集権をふるっている構造では、新聞の投稿欄となんら変わらず、少なくともインターネット的ではない。
また、実名登録を要求したからといって、辛らつな批判をする人が排除されるわけではない。世の中には違法でさえなければ何をしてもよいと思っている人もいるのだ。そういうのにとりつかれると、匿名の卑怯者達による大量コメントよりも厄介かもしれない。そういう批判に耐えられることが市民記者には当然ながら求められる。

魅力あるサイトとなれるかどうか? 注目である。

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コメント

 パソ通時代からネットを徘徊した私としては、読み応えのある素晴らしい論文や意見とは(人生の指針や座右の銘となるもの)、名義や職名肩書のハロー効果と関係ないということです。
 当たり前のことですが、論旨や分析の中味が本物で素晴らしければ、無名の方(あるいは有名人の匿名)でも、多くの賛同を得ると思います。そして逆も真なり、というのがネットの思想の自由市場の怖いことと、しかし情報の消費者は賢明で適正なことだと思います。
 たとえば、町村先生、落合先生、モトケン先生らが、匿名でコメントを書かれても(肩書地位のハロー効果なしで)、その内容の充実性と行間からあふれる真摯性から多くの賛同を得ると思います。
 逆に怖いのは、肩書や社会地位をしつこく誇示して講演や自著を宣伝して自説を開陳しても、中味の粗忽さと不誠実さ及び投稿を十把ひとからげに誹謗中傷して切り捨てるなどして、多くの常連から相手にされないどころか非難轟々となる場合もあることです。特に逃げのスレ建てや投稿全面削除それに他のブログで執拗な自説の開陳をして大顰蹙を買う方も現実にいるようです。

投稿: ハスカップ | 2006/11/26 01:14

 クラス内でいじめを発見したときに、「いじめはいけないことだ、いじめは卑怯だ」として毅然とした態度を取る教員はいじめっ子グループからは不評だし、いじめっ子グループを庇う人たちが居たりしていじめっ子グループが制裁を受けないことが予想できる場合には却って教員がいじめっ子グループから攻撃を受けることもあり得るでしょう。他方、いじめっ子グループに迎合して、いじめられっ子にも問題があるとか、いじめっ子にも表現の自由があるとか、いじめをなくするのは無理だからいじめられっ子が我慢すればいいとか、言葉による攻撃に対しては言葉で対抗するのが原則であるとかいって、いじめを事実上容認したり、場合によってはいじめっ子グループと一緒になっていじめに荷担するような教員は、いじめっ子グループからはとても人気がある教員になることでしょうし、こういう状況下では、いじめに対しては忸怩たる思いで見ている一般の生徒さんたちも、表向きはいじめは良くないという声を口に出せない状況におかれることでしょう。
 匿名の卑怯者による陰湿な人格攻撃等に対する対応も似たようなものであって、これを容認したり一緒に荷担したりすれば、その種の人々から高く評価されるでしょうし、そういう行為が卑怯なものであるということをしっかりと言い続ければそういう人々からは疎まれ、執拗に攻撃を受けることでしょう。特に、現時点では匿名の卑怯者は特定の人間に陰湿な人格攻撃等を執拗に加えても現実社会での制裁を受ける現実的な危険性は極めて低いわけですから。
 私は、執拗な嫌がらせや非難を受けようとも、悪の担い手やその支持者から賞賛を受けることに関心はないので、悪いことは悪いと言い続け、悪を減らすための方策を探り続けるだけのことです。

投稿: 小倉秀夫 | 2006/11/26 08:44

 特定の組織やサイトに自分の思想信条と本名住所氏名メアドを紐付けされ、本名住所氏名メアドを把握された後でなければ意見を言うことが許されないなら、一般消費者は、当該組織やサイトへ従属させられる圧力を感じますし、ささいな表現のミスで当該組織やサイトから訴えられたり、個人情報を晒すことを生きがいとする弁護士からの個人情報開示請求の恐れという圧力を感じます。
 その結果、余計なことは言わない書かない(腹が立つから)見ないという三猿状態で萎縮した生活を余儀なくされます。まさに表現の自由の保障(憲法21条)が恐れる萎縮的効果です。
 よって、当該組織やサイトに都合のよいヨイショ投稿だけとなり、批判的投稿は消滅します。これは現代憲法が是とする民主主義の相対的価値概念の自殺を意味します。

投稿: ハスカップ | 2006/11/26 11:36

>ささいな表現のミスで当該組織やサイトから訴えられたり、個人情報を晒すことを生きがいとする弁護士からの個人情報開示請求の恐れという圧力を感じます。
>よって、当該組織やサイトに都合のよいヨイショ投稿だけとなり、批判的投稿は消滅します。

 それが小倉先生の真の狙いでしょう。
 たとえ「民主主義の相対的価値概念の自殺を意味」しても。

投稿: とおり杉 | 2006/11/26 12:17

>私は、執拗な嫌がらせや非難を受けようとも、悪の担い手やその支持者から賞賛を受けることに関心はないので、悪いことは悪いと言い続け、悪を減らすための方策を探り続けるだけのことです。

 少なくとも「立憲民主制過程で最重要な表現の自由(特に萎縮的効果の阻止)」と「個人の尊厳に直結するプライバシーの権利」を尊重されてください。でないと人権規定違反の方策として葬り去られるだけです。判断基準としては、当然ながら、「漠然性故に無効」「不明確故に無効(明確性原則)」「過度に広範性故に無効(LRA)」「目的達成に必要な最終限度の規制(最小限原則)」をお忘れなく。粗雑な規制の提唱は検討に値しません。
 あと、嫌味、皮肉、当て擦り、罵倒、嘲笑、見下し、嫌がらせ、大学教授先生をおちょくった例示……なんかは法曹の品位を欠く「悪」なのでやめた方がいいですよ。少なくとも他人のブログでは。
 また、技術的コスト的に困難な荒唐無稽の提案は、技術者に対して迷惑をかけるだけなので避けてください。

投稿: スケルトン | 2006/11/26 12:52

いじめっこや助けてくれない教師に多大な恨みつらみがあるかもしれませんが、そんな個人的怨恨を表に出さなくてもふつう一般的には「イジメはよくない」という共通認識があるとおもうのです。

では何故、いじめられっこを庇えないか。面と向かって戦わないか。
簡単な話です。実名だからです。それどころか手の届く所にいる。東京の人間を青森の人間が実名で批判するのとは格段に危険性が違う。
要するに次に狙われたらたまったもんじゃないからですよ。相手は善悪の区別ができない理性欠如の輩ですよ。何をしてくるかわかったもんじゃありません。T法律事務所のO弁護士みたいにイニシャルトークさえしておけば特定の人物を誹謗中傷したわけじゃないからと気軽に誹謗中傷ライフを満喫している程度のカジュアルな卑怯者ならまだマシかもしれませんが、もしそういう輩が近所にいたとして、連日ネチネチと陰日向無く粘着されたらどう思うでしょうか。それだけでなく、いじめに暴力が伴っていたら精神的なものだけでも辛い所に物理的な被害まで発生しうるのです。
だから安全圏でなら告発もできるし影でバレさえしなければいじめられっこを慰めることもできる。いじめられっこがただの嫌われ者でなければきっと味方がいるものです。謂れのないものであればなおさらです。
いじめっこの安全保障はつまり「俺に逆らう実名の奴はひどいめにあわせてやる」という裁判外の交渉による反論等の封じ込めの顕著な一例でもあって、結局の所そういった圧力が反論や批判、つまりいじめっこにとっての「攻撃」を効果的に封じ込めているというわけです。
そのような圧力に狙われてしまうとなると、誰だって身の安全が最優先だと判断します。裁判外の交渉ったってどこの誰がなにをしてくるかわかりませんから。
弱者、この場合は被害者を保護するとき、自分の安全を確保した上で安全圏に招き入れるのは勇気だけど、自分の安全を捨ててしまうのは蛮勇だと本能的にわかるんですよ。蛮勇を奮っても、結局は救おうとした人も自分自身も被害に見舞われる。それでは誰も救ったことにならない。分の悪すぎる賭けはやらないほうがいいんです。
気軽に悪は許さないだの、悪を減らすための方策を探り続けるだの、仮想敵を想定して罵声を浴びせながら批判や間違いの指摘を攻撃だと言い切ってしまうのはヒロイックでかっこいいかもしれませんし、世界観が単純な人が安全圏からそういう勇ましいことを言っていれば自分が正義漢になったような気がして、社会正義と一体化した万能感を味わうことすらできてしまうのかもしれませんが、実際はそんな奇麗事では済みません。

昭和の時代のどこの誰かは知らないけれど誰もが皆知っている匿名の正義の味方の単純明快なシナリオで現代社会を切り捨てるのはまさに時代遅れのやりかただと言わざるを得ないでしょう。


そういや刑事ドラマなど設定上権力構造に支援されている刑事を除いて、悪と戦うヒーロー像ってみんな匿名なんだよね。ナントカ戦隊にしても仮面ライダーにしても、なんとかマンにしても、たいていは正体を隠している。

なんででしょうね。一応、合理的な(?)説明もあるんですよ。考えてみましょう。
対して表立って正義を振りかざす人は疑わしいものです。
正義なんて極めて相対的でそれこそ基準が様々にありますから気軽に振りかざせるものではないのに。
過去の戦争の多くは正義や弱者救済を旗印にして行われたことを考えると薄ら寒い思いすらしてきます。
太平洋戦争すら「虐げられた被植民地」という弱者を「解放」つまり救済して「大東亜共栄圏」という正義を満たすための戦いだということになっていましたよ。戦前戦中の軍部みたいな実名の弁護士は少し深呼吸してもっと現在の社会情勢を冷製に見たほうがいいですよ。

そのためにも、一桁の事例しか把握できていないのに「たくさん」といったり、一部をもって全体を都合よく判断する悪いクセを直したほうがいいでしょう。そういうのを「全部の人メソッド」というんでしたっけ?「一つこういうことがあったから全部の人がこうだ」って決め付ける詭弁術。印象操作術だったかな?

投稿: 菅理 徹 | 2006/11/26 14:03

ということで、ちょっと懐かしめの映画から問題。

クリストファー・リーブ主演の「スーパーマン」第一作だったと思いますが、スーパーマンに対して教育プログラムが「決して正体を明かしてはならない」と強く指導します。その結果、彼は「クラーク・ケント」として新聞社に就職し、冴えない新聞記者として日々を暮らします。

さて、そのような指導を行った理由、それは何でしょう?

1)超人的な能力を持っていることを吹聴していい気になってしまわないように、との配慮。
2)悪から親しい人や周囲の人、家族を狙われないように。
3)地球人とは別種の存在(クリプトン星人)であることを隠し、日常生活を平穏に過ごすため。

投稿: 菅理 徹 | 2006/11/26 14:08

>T法律事務所のO弁護士みたいにイニシャルトークさえしておけば特定の人物を誹謗中傷したわけじゃないからと気軽に誹謗中傷ライフを満喫している程度のカジュアルな卑怯者ならまだマシかもしれませんが

確かにイジメよりましですが、上記O弁護士やT法律事務所やT弁護士会の品位や常識が疑われてしまいます。誰がみても「こういうのは嫌がらせ」((c) 町村 | 2006/11/25 22:39:41)だからです。
「対象を匿名化した誹謗中傷ライフ」(例「匿名の卑怯者」「匿名の臆病者」「~は愚か者」)を満喫するのは、有言不実行、自己矛盾の言動、ノブリスオブリッジ違反……との批判を免れないでしょう。

投稿: スケルトン | 2006/11/26 14:17

本題に戻って。

オーマイニュースの失敗は編集部の失敗だと思います。まず、記事を捌ききれていないように見えましたし(投稿から掲載まで時間がかかりすぎて、ニュースとしての賞味期限切れを起こしていた)、校正や事実確認まで含めるとほとんど体を為していません。カテゴリ分けも基準があいまいですし、編集部が編集作業を充分に行えていないことは明らかです。

速報性に依存しない範囲で、記事の中には歳時記風のものや地元の話題を扱った良いものがけっこうありました。そういったものには好意的なコメントが多くついていたように思います。
対して非常に偏ったオピニオンや事実誤認などに対しては辛らつな批判が行われました。
記者が書き逃げしていない記事、つまり「異論・反論ドンと来い」な記事はわりといい感じだったように思います。コメントと記事が絡み合って全体としてブラッシュアップされていたようですし。

まあ、異論や反論、間違いの指摘を攻撃だと認識する人にとっては、そのようなコメントが我慢できないのでしょうから、実名住所を要求して組織に飲み込んだ上でコメントさせる(これならブラックリスト作りやすいんですよ)方法を選択したくなるのもよくわかります。

あとはあの読みづらいシステムをナントカして欲しいところですねえ。読ませてナンボのサイトが読みづらいっていうのは致命的だと思いますよ。

投稿: 菅理 徹 | 2006/11/26 14:18

>いじめっ子グループに迎合して、いじめられっ子にも問題があるとか、いじめっ子にも表現の自由があるとか、いじめをなくするのは無理だからいじめられっ子が我慢すればいいとか、言葉による攻撃に対しては言葉で対抗するのが原則であるとかいって、いじめを事実上容認したり、場合によってはいじめっ子グループと一緒になっていじめに荷担するような教員は、いじめっ子グループからはとても人気がある教員になることでしょう

 これは「匿名」=「いじめっ子」とする印象操作が見え見えで不快です。真摯な議論じゃないですから。
 それに管理徹様が婉曲的に指摘されているように、小倉先生のいつもの持論の強引な展開開陳はエントリの主題から明後日向いていて離れています。
 小倉先生に次の賢者の言葉をお送りします。

>【追記】
>別の問題を提示したい方はご自身のブログでどうぞ。
>23/09/2006 dans Loi | Lien permanent
http://benli.cocolog-nifty.com/la_causette/2006/09/post_8eeb.html

投稿: スケルトン | 2006/11/26 15:27

オーマイニュースについて、編集部の不手際は否定できないところだとして、どうすればよいかのアイディアは色々出ています。
でもコメント欄で書いているので、あのうっとうしいコメント欄では探し出す気になれません。

コメント欄というのをどういう場にしたいかというコンセプトが編集部にはなかったのでしょうし、したがってどういう仕組みにしようかという発想もなかったのでしょう。

投稿: 匿名のブログ主 | 2006/11/26 16:10

>どういう仕組みにしようかという発想
単純に見掛けのPageView数を稼ぎたかっただけ・・・じゃないかなぁ、と
あの表示の仕方だと、コメント表示ブロックを移動するだけでも数としてカウントすれば大幅な水増し可能ですよね。

投稿: 失礼します | 2006/11/26 18:40

うーん、でも今時単純に見かけのPVの数字が伸びただけで凄いといってくれるスポンサーや広告主がいるとは思えませんが。
確かにあの仕組みはPVをいたずらにのばすことになるけど、その結果逆に訪問者が減っちゃったんでしょ?

投稿: 匿名ブログ主 | 2006/11/26 22:05

>今時単純に(以下、略)
今回の一連の騒動の流れを見るに編集部はじめとする運営側に今時の常識が理解できているとは到底思えませんので…‥。

訪問者数減少は編集部(運営)側の数々の言動の積み重ねの結果がストレートに現れただけと思います。

しかし、どうするんでしょうかねぇ>オーマイ
内実の伴わない大風呂敷だけ広げてもらっても全然期待できそうにありません。
編集長以下編集部員を全部入れ替え(※)とかでもしないと、現在の路線のまま縮小、消滅しちゃいそうです。

※雑誌など出版業界なんかでは結構あったりします。看板同じで中身別物に変える場合とか。

投稿: 失礼します | 2006/11/26 23:35

>小倉秀夫さん
>クラス内でいじめを発見したときに、「いじめはいけないことだ、いじめは卑怯だ」として毅然とした態度を取る教員はいじめっ子グループからは不評だし、(後略)

 時節柄イジメを例として出されると反論し難いですよね。相変わらず議論の進め方が姑息だなあと思わなくもありません。しかし状況としてはイジメを例として出すのは的外れだと言わざるを得ません。学校を例とするなら「水からの伝言」問題あたりが妥当ではないでしょうか。
 あるクラスの担任が「水からの伝言」を授業で生徒に力説したら、詳しい生徒から「それは間違いだと、問題になってはずだ」と指摘され、逆切れした担任がその生徒を悪し様に罵ってしまいました。騒ぎに気付いた理科系に詳しい隣の担任が乗り込んできて懇切丁寧にそれを授業で教えるのは間違いだと説明すると、屁理屈を並べながら反論し、ついに論破されて反論できなくなると「お前は子供達が汚い言葉を喋るようになってもいいのか」と筋違いの事を言い出し、遂には「お前は○○だ、××か」と言ってしまい、お前が汚い言葉を使ってどうする?という状態になってクラス中が爆笑しているみたいな。という方が例示としては適切ではないかという気がします。

投稿: 平田 | 2006/11/27 00:49

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=12798897&comm_id=136683&page=all

これも一種の炎上でしょうか?
どこに書き込んだらよいか分からず(あと前後の空気も読まず)、こちらにコメントさせていただきます。
申し訳ありません。適宜削除していただいてかまいません。

投稿: mixiネタですいません。 | 2006/11/28 08:26

楽しませていただきました。
でもこれ、mixi会員じゃない人には謎ですね。

投稿: 町村 | 2006/11/28 08:42

そうですよね。。
ただ、何となく、このやり取りが、なぜ炎上するかの一事例をうまく示しているのではないかと思った次第です。

というわけで、またRom専に戻ります!

投稿: mixiネタですいません。 | 2006/11/28 10:44

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受信: 2006/11/28 11:25

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