« 落合ブログ「日々是好日」100万アクセス | トップページ | jugement:ウェブ名誉毀損の国際裁判管轄 »

2005/09/20

取り調べの瑕疵か可視化か

岡口ブログのコメント欄で多数のコメントがついているが、苛酷な取り調べで自供を引き出すことは必要だと正面から言っている方々がいる。

どこまでがネタかよくわからないところがあるが、次のような取り調べ(読売記事より)が普通で、それは当たり前と言うことらしい。
---
 中嶋さんによると、取調室は、2畳半ほどの窓のない部屋で、腰ひもをいすに結ばされ、連日午前10時から午後11時半まで行われた。
 「お前は警察をなめているのか」と威嚇されたときには足がふるえ、「母親が泣いているぞ。自供したら帰してやるぞ」と情に訴えられた。「町長になって、“杷木ドリーム”のつもりか。農業をしていればよかったんだ」と、人格を否定されるような発言もあったという。
 「自分だけ助かろうとしているのか」と言われたときがいちばんつらく、「いっそのこと、罪をかぶろうか」とも思ったという。
---

岡口ブログからのコメント引用
---
田舎弁護士 『取調べって,そういうものみたいですよ。何の知恵もない初犯の被疑者が,同じような取調べの実態を話してくれました。机を叩く,頭をつかんでひきずりまわす,怒鳴る,泣き落としと恫喝を繰り返す・・・。それまで,被疑者本人は,西部警察のような取調べが普通だと思っていたらしく,この取調べを適法なものだと思って受忍していたそうですが・・・。』
---
殺人死体遺棄が典型 『「密室での苛酷な取り調べが一定の成果を上げていたこと」は,殺人死体遺棄事件を想起すれば極めて明白。どうやって,遺棄された死体が発見されて事件が解決したと思ってる?この種事案は過酷な取り調べによる自供以外に解決方法はない。取調べを可視化して,警察官や検事にインタビューのような(任意)取り調べをさせてこの種事件が解決できるとでも思っているのか?この種事案で,死体遺棄場所自供→死体発見→遺棄で逮捕,殺人事件も解決,の伝統的な捜査方法に代わる捜査方法(端的に言えば司法取引)が用意されない限り,殺人者が死体を遺棄した事件は,目撃者さえ作らなければ死体は永久に発見されず未解決のまま放置される。科学捜査云々ぬかす奴は,目撃者も物証もない死体遺棄事件の捜査を一度やってみればいい。「過酷な取調べがなかったから否認されて真犯人が無罪になったというケース」とか言える奴は捜査の現場を何もしらない机上の空論だけ学んでいるからそういう馬鹿な言葉をはける阿呆になるんだ。一度,死体のない状態の殺人,遺棄事件で,捜査線上に浮かんだ被疑者(重要参考人,自白がなければ逮捕状は請求できない)の捜査方法を考えたことがあるのか?そういう想像力のない人間が,被疑者の人権を守るために可視化云々を言っているのを聞くと反吐が出る。』
---

反吐は勝手に出していればよいが、まるで江戸時代の岡っ引きのレベルである。
一定の成果を出すためならば、捜査官が怪しいと思った奴を引っ張ってきて締め上げて、真実を話させれば万事丸く収まるという論理なのだが、幼稚そのものだ。

こういう手合い(どういう人かはしらんが)にはまともに反論するだけ時間の無駄無駄と言いたくもなるが、殺人死体遺棄事件に限ればそうかもしれないと思い始める人が多数出てくるだろうと思うと、なんだか絶望的な気分になってくる。

いっそ、上記のような捜査方法を是認して思いっきり多数の冤罪被害者を出してみれば、また話も変わるのだろうかと、そんな妄想も浮かんでくる。

とりあえず、上記のような考え方に対しては、
・それが殺人死体遺棄事件に限って認められる保障はないこと
・捜査線上に浮かんだ奴を苛酷な取り調べに合わせることになると、真犯人以外に多数の者が苛酷な取り調べを受けることになること
・苛酷な取り調べが真の意味での拷問(エビ責めとか水責めとか石抱きとか)にならない保障はないこと
・苛酷な取り調べで虚偽の自白をする可能性は誰にでもあること、そして自白調書が取られれば、事実上反対の証明ができない限り牢屋行きとなること
・苛酷な取り調べで得た自白と客観的な事実と反すれば、自白の信用がなくなると思ったら大間違いで、事実の解釈、場合によっては事実自体を自白に合わせて記述することもあり得ること、そして始末に負えないことに、捜査官も、裁判官も、それを真実だと思いこむ傾向がある

これくらいが指摘できようか。

こんな分かり切ったことを刑事訴訟の素人が書かなければならないほどに、堂々と上記のような意見が出ているのは、やはり困ったことだと思う。

|

« 落合ブログ「日々是好日」100万アクセス | トップページ | jugement:ウェブ名誉毀損の国際裁判管轄 »

コメント

死体遺棄事件うんぬんのコメントを寄せたのは、どうも捜査関係者くさいですね(たぶん検察官でしょう。)。あとの20代うんぬんは、ただの祭りだと思います。
にしても、捜査の可視化に反対するホンネが出たって感じですね。

投稿: 増田尚 | 2005/09/20 18:43

>被疑者の人権を守るために可視化云々を言っているのを聞くと反吐が出る。

無実の(可能性のある)人間の人権守って何が悪いのやら。

『犯罪者(加害者)の人権』と『被疑者の人権』を混同して発言している人が多いような?

投稿: サスケット | 2005/09/21 01:12

う~ん。
この人の話だけ聞くと、死体遺棄事件で目撃者も物証もないのに、どうやって捜査官が心証を形成するのか結構疑問ですね。

単なる、主観的決め付けの捜査をやっているという暴露のように思いますが・・・

やっぱり、刑事の勘ってやつなんでしょうか??

投稿: こう | 2005/09/21 01:35

サスケットさんが言うとおり、怪しいと思ったら脳内で真犯人とすり替わるのでしょう。
そして自供通り死体が発見されたケースしか記憶に残らないので、ますます怪しい奴=真犯人=苛酷に締め上げて自供させるべき存在、となるわけです。

もちろん圧倒的多数の事件では、十分な裏付けがあって逮捕に至るのだと思いますが、極端なケースは色々な意味で一般化には適さないということの好例じゃないでしょうか。

投稿: 町村 | 2005/09/21 09:36

なるほど。

>そして自供通り死体が発見されたケースしか記憶に残らないので

ここが一番のポイントなんですね。

投稿: こう | 2005/09/21 13:15

随分まえに当地の日本語放送にて
日本の警察物ドラマをみたことが
あるのですが、

本当の警察では電気スタンドは
凶器になる可能性があるので無いとか、
またカツドンの差し入れなども
ありえないとか、、

となれば弁護士系ドラマでは
どうなんでしょう?
やはりドラマ範囲と本物の
弁護士さんに言わせたら
あれは無いとかあるんですか?

投稿: westcoast | 2005/09/21 13:23

まともな警察官の方の話によると、日本の刑事ドラマは、自らの経験では、絶対ありえない脚色があって、見るに堪えないということでした。でも、このエントリーやコメントを読むと、まともではない方々もいらっしゃる印象を受けますので、本当のところは、どうなのでしょうか。

投稿: tedie | 2005/09/21 16:12

弁護士さんも、よく業界モノは同じ理由でみる気も読む気もしないという人がいます。

望んで監修している人もいるわけですが。

投稿: 町村 | 2005/09/21 18:11

何で読んだのか(聞いたのかな?)忘れましたが、江戸時代の町奉行の記録に「客観的な証拠(?)犯人が容疑者だと確実なのだが、いかに拷問しても認めなから釈放した」という記録があるとかです。
これは自白の方が科学捜査のレベルが低かった江戸時代には、自白の方が優先で当然であることの合理的な説明だ、というのですが要するにモノサシを途中で取り替えてはダメだよ、という意味でしょう。

わたしが裁判そのものに興味をもったのは、自動車雑誌の「NAVI」でひき逃げえん罪事件の記事を読んだ時で、タイヤについてるとされた血痕が人体を轢いた時に出来るものではなく、後から(停止している)タイヤに掛けた、という鑑定に対して裁判官が「機械工学・物理学的に偏っているので採用しない」というすごい判決が出たと書いてあるを見てからです。

どう考えればタイヤの血痕の付き方に物理学・工学的ではない形があるんでしょうかね?
ここまで来ると宗教裁判と同レベルではないか?とすら思いました。
たしかこの事件は、無罪が確定したと記憶しています。

そんなわけで「筋を通せよ」と強く思うのです。
「あれがあるから、こうする必要がある」といった論理を拡張するとそれこそ宗教裁判のようなことになってしまう。
そこのところをどう考えているのでしょうか?
特にビデオで記録を撮ることを提案しただけで、自白証拠の全廃になるような拡大解釈(?)をしてどうなるの?と思いますね。

投稿: 酔うぞ | 2005/09/21 22:59

それは遠藤さんの冤罪事件でしょうかね?

投稿: 町村 | 2005/09/21 23:11

本物の弁護士さんのほうが
もっと砕けているとか?
(/^^:)

ところで弁護士さんを「先生」
呼びするのは日本だけですが
なぜ先生なんでしょ?

Dr.Machimuraのように
大学教授ともなれば
先生呼びはしかりですが、

弁護士先生と祭り上げる日本に
摩訶不思議さを感じます

投稿: westcoast | 2005/09/21 23:12

うーん、でもフランスでは弁護士さんにムッシューではなくメートルと付けますが。これはプロフとどちらが偉いか微妙なところでしょう。

アメリカはジャッジが祭り上げられてますね。一度裁判官職につくと、辞めた後も一生Justice誰それと呼ばれるらしい。

実は月曜日に我が家ではアメリカの元判事さんを夕食に招いたのでした。気さくなひとでよかった。

投稿: 町村 | 2005/09/21 23:18

>気さくなひとでよかった?

日本は判事さん系は
気さくではない方が多いですか?
アメリカでは依頼人も
名前で弁護士さんを呼びます

Hi Jackとか、
日本のように先生なんて絶対に
弁護士業とは言わば依頼がないと
ビジネスは成り立たず、

相談を持ちかけられ契約し
そこで初めビジネスとして
弁護士業がスタートするわけでしょ?

いわば町の商店主のような
お立場、お客様という依頼人が
こないとビジネスとしては
成り立たず、なのに日本では

雇ったほうが先生、先生と
立場が逆転したような、
日本ではまだまだ法的範囲に
素人が踏む込めない目線なんでしょうかね?

アメリカでは弁護士を雇ったら
弁護士に注文をつけるくらいの
依頼人の方が多いですけどね

だからわたくしは日本の弁護士さんにも
絶対に先生呼びはしませんの
ある弁護士さんはそのことで
むかついていましたが、

ご自分が先生と呼ばれる立場を
かなり意識していたようです。
その変なプライドをもっていた
弁護士とは、著名な弁護士の
紀藤ではないです。
一応念のため
ほほほ

投稿: westcoast | 2005/09/21 23:42

PS
弁護士氏を先生と呼ばないわたくしに
むかついた弁護士さんとは
ここにご登場する各弁護士さんでも
リンクされている弁護士さんでも
無いですと一応念のため
^^))

Have a good night

投稿: westcoast | 2005/09/22 00:10

町村先生(^_^;)

>それは遠藤さんの冤罪事件でしょうかね

そうでしたかね?けっこう有名でした。

明確に覚えているのは「工学的・物理学的に偏っている云々」ですね。

その後別冊宝島Realで「「困った」裁判官」を読んで、アルミと鉄の区別が出来ない裁判官の例などの紹介を読むと「根本的にダメじゃない」というのがあること知りました。

こんな点からも取り調べ・裁判のより一層の可視化や公開を推進するべきだと思います。
先日、傍聴した東京地裁の裁判長の発言もひどいものでした。
せめて録音していれば「どういうつもりだ」と批判できますがね。

投稿: 酔うぞ | 2005/09/22 08:15

だから権力を持った人は必ず非公開を志向するんですよ。
裁判所なんてその典型的な組織で、憲法にはっきりかかれてなければ、今頃全部秘密裁判だろうと思います。
はっきり書かれても、審理過程を秘密にする努力は陰に日向に進行中で、その便利な道具が企業秘密とプライバシーなんですね。ま、真に保護すべき秘密やプライバシーはありますが、そうでないものも含めて広く隠される危険は常にあるし、隠し始めればそれが正当かどうかのチェックを外部からは行えないという決定的な難点があります。

投稿: 町村 | 2005/09/22 08:33

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 取り調べの瑕疵か可視化か:

« 落合ブログ「日々是好日」100万アクセス | トップページ | jugement:ウェブ名誉毀損の国際裁判管轄 »