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2005/06/19

北風と太陽

北風に抗して旅人がマントを必死で押さえていた時期から、少し太陽が射してきたような感じを受ける。
問題は、旅人が太陽を太陽として感じることが出来るかどうかでもある。風が突然やんでいるわけでもないので、自分のほおが感じ取る現象が北風なのか太陽なのかを見分けることも難しい。
冷静な第三者・局外者からはもちろん、太陽から見ても、北風とは全然違うだろうと思うのだが、厳しい北風に晒された直後は、正常な識別能力を失うこともある。

JR事故に限らず、事件や事故の被害者が怒りと悲しみのあまり、我を忘れることはよくあることだ。犯人を極刑に処してほしいと、娘をいたぶられた親が記者会見で発言したとしても、それを一概に責めることはできない。
死刑に処すには法律に書いていなければとか、また他の前例との比較も必要だとか、そもそも死刑は正当でないとか、色々問題はあっても、怒りと悲しみの中にいる遺族にそのようなお説教をしても届かない。
もちろん中には被害者となっても我を忘れない人もいるし、怒りや悲しみが合理的な行動に結びつくこともありうる。それはそれで、高潔なことだが、すべての被害者にそのような冷静さ・合理的行動を求めることはできない。

しかし法律家や政治家までもが、そのような被害者と一緒に我を忘れて極端なことを求め出したとすれば、その資質が問われるというものだ。

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