憲法を考えるhint
集団的自衛権を許容するかどうかについて、抽象的に言葉の上で考えてもよく分からない。具体例で考えてみよう。
例えばベトナム戦争。仮に集団的自衛権を認めるとすると、あの戦争でアメリカに従軍した韓国と同様に、日本もベトナム戦争そのものに自衛隊が参加できた。そして憲法が許す限り最大限アメリカに協力するという首相が現れれば、実際に戦闘行為だって行ったかもしれない。
集団的自衛権を認めるということは、そういうことなのだが、それでも賛成ですか?
また近いところではイラクやアフガニスタン。集団的自衛権が行使できないが故に、自衛隊の活動は戦闘地域で行えないし、戦闘行為と一体となるような行為はできない。後方支援だの非戦闘地域だの、色々ごまかしはあるが、ともあれフセイン像を倒すまでの攻撃には日本は加わらなかったし、アフガニスタン侵攻にも加わらなかった。
集団的自衛権を認めるということは、これら局面で戦闘行為に加わる可能性を認めるということなのだが、それでも賛成ですか?
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コメント
前文および9条の条文を読めば、国連主導なら武力行使は認められるという説は有力です。つまり、国連による集団的安全保障は、現行憲法でも十分できる。
わざわざ集団的安全保障を憲法改正理由に持ち出すのは、国連主導でない集団的安全保障をやりたいということなんでしょう。
投稿: 井上 | 2005/05/03 23:17