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2004/12/06

report思うに症候群

昨日は学生さんのレポートの締切が、ロースクールと学部とで重なり、多忙だった。
両者を見比べて、改めて思うが、ロースクールの学生、特に司法試験の受験生が書く文章は独特の癖がある。

その1 「思うに」
 やたらと「思うに」から始めるのはどうか。昔の論文用語で「私見によれば」というのがあるが、そのような文脈だけではなく、ほとんど意味のない接続詞として使う者が目につく。
「思うに」と始まる文を読んで結局判例または著名学説の立場を書いていたりすると、がっくりきて、それはお前が考えたのかとつっこみたくなる。
そういうときは、先に判例の立場を説明して、自分の意見を付け加えるなり、それを前提にして論を進めるなりするとよい。
 思うに、「思うに」という言葉がぴったりくる場面ももちろんあるので、その使い方を誤らなければそれほど気にはならないし、使いやすいことは私も認める。要は乱用することなかれ、ということだ。

その2 考える
「考える」とは法解釈適用に由来する言葉だと書いたが、論文やレポートの中でやたらと使われているのを見ると、シラける。
考えるのは勝手だしな、と思うと、まともに取り合う気が失せる。
せめて、「考えられる」と書けば、客観性の香りがほのかに漂い、議論しようという気になる。もっとも議論されちゃ困るという答案もあるが、そういうのは論外ということ。
いずれにしても、思うに同様、多用しては効果がなくなる。

その3  判例同旨
  噂では聞いていたが、やはり本当にいた。
  「・・・・と考える(判例同旨。)。」 という風にレポートに書いてくる。
  もちろん限られた時間内で、資料も参照せずに書かなければならない試験答案なら、やむを得ないといえようが、持ち帰り起案とかレポートとかではほとんど意味のない情報だ。
  判例があるのであれば、せめて代表的な判決の年月日、掲載誌巻号頁程度を記載しておくべきだし、重要なものであれば、判決の一部を引用するなりして、そのことからどういうことが言えるかを論じるなりすべきだ。

 ところでコメント欄で小倉先生が、そういうことを教えるのが法学部や法科大学院だといわれているが、思うにそういう文章作法は中学・高校の教育すべき内容だと考える。でも仕方ないから大学でも大学院でもやっているけど。

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コメント

そういうレポート等の文章技法って、大学なり法科大学院で教えるべきことなのではないかという気もします。

投稿: 小倉 | 2004/12/06 10:53

「思うに」は、某司法試験予備校の論文講座で指導されているので、それにしたがっているのでしょう。また、そういったところの論証集あるいは参考答案をまねして書いているのではないでしょうか。ひどい添削者は、そのようなことを強制するという話しをきいたこともあります。添削のバイトは、赤を一定限度必ずいれないといけないらしく、そのため力量のない者はどうでもよい形式面に心血を注ぐのかもしれません。

投稿: tedie | 2004/12/06 15:55

 こういう表現は、一部の研究者も平気で教科書に使いますね。私のような末席を汚せているかどうかも怪しい輩としては、悪影響が大きいのでやめてほしいと考えるです。
 「思う」としか言えないってことはお前の妄想でしかないって宣言だろとか、お前が「考える」と宣言するかどうかじゃなくて論理が成り立ってるかどうかが問題なんだとか、そういうツッコミは全然考えていませんけれど。

投稿: ななしさん | 2004/12/06 18:49

http://blog.livedoor.jp/kazsin/archives/4933063.html#trackback

思うにであっと、思い出したのですが
上のブログで同旨の内容が書かれてあります

けだしとかこの点とか、按ずるにというのもこの部類に属するのでしょうがそれぞれ
使いどころがわかりにくいですね
判決を見るとよく書かれてありますが

後、

「考える」とは法解釈適用に由来する言葉だと書いたが、論文やレポートの中でやたらと使われているのを見ると、シラける。
考えるのは勝手だしな、と思うと、まともに取り合う気が失せる。
せめて、「考えられる」と書けば、客観性の香りがほのかに漂い、議論しようという気になる。

個人的にですが
~だと思うはだめで
~と解するも多用禁止

~と考えるがベターだとこれまで思ってきました

というのも
~と思うと書くと
思うのは人の勝手だしな、
かといって
~と解すると書いてしまうと格調は高くなる気はしますが
法曹の間でしか殆ど使われていない言葉というのであまり使うな
というある予備校の論文指南本にかかれてありまして(立ち読みだったので
どこかは忘れました)
消極策で
考えるがベターだとかかれてありました。

実際過去問集などを書店で見られるとわかると思うのですが考えるという形を多用する
答案が多いです。
自分自身としても考えるが一番無難だと思っていたので
それ以来特に意識せず使っていました


ですから今日の考えるのも人の勝手だしなというコメントを見て
少々動揺しています。私もこれまで~と考えるという常套文句として
多用していたからです。

上のコメントからですと考えられるもあまり
使用するのは好ましくなさそうなニュアンスが汲み取れるのですが
となると言い切れるところは
「~である。~だ。」というように
言い切る方がいいということなのでしょうか

投稿: 但馬 | 2004/12/06 23:44

「レポートの技法は中学・高校で身につけていてしかるべき」だというのであれば、そういう技法が身に付いている学生のみを入学させればよいわけですが、現状では、そんなことをしていると定員を大きく割り込みそうなので、現実問題としては、そういう技法を学部ないし法科大学院で教える以外には、選択の余地がないようにも思います。

もっとも、論文において文末をどう結ぶかという問題は、研究者の間でも統一されていないようですし、そうでなくとも、日本的な文化で育ってきた人間は「だ。である。」で言い切ってしまうのに抵抗を感じたりするので、あながち予備校や論証本のせいにばかりもできないかなと思ったりなんかします。

投稿: 小倉 | 2004/12/07 00:50

>日本的な文化で育ってきた人間は「だ。である。」で言い切ってしまうのに抵抗を感じたりする

よくわかります。
人によって個人差はあると思いますが
言い切りの形の方が偉そうなニュアンスを相手に与えることがありそうだなとなぜか感じてしまうのです
かといって、同じ言い切りでもです、ますだとどうも
しっくりきません。
でも、判決の上告趣意とかたまにですが、です、ます調で論を展開している弁護人の方もいるので、です、ますで書いて
いけないというルールはないのでしょうね。

逆に、解するは別として思う、考える、考えられるなどは
そのニュアンスを緩和させる働きがあると考えて
意識せず多数の人が使っているのかなと思います。


思うにこういうのはレポート作法を学んできたかどうか
ではなく、法律を扱うレポートに特有の問題ではないのでしょうか。

投稿: 但馬 | 2004/12/07 01:32

「考える」で結ぶ文は、「である」で結ぶより断定の程度が弱いかというと、両者は意味が違うので一概には言えないです。
「考える」は主観的判断ないし評価を意味するので、一方的に「考える」とやって終われば、極めて強い断定、というか議論の余地はないという宣言に聞こえます。本来の使い方としては、縷々説明をした上で、「以上の次第で・・・と考える」とか「・・・と考える。なぜなら・・・」とか、要するに理由を挙げて結論を示すのには使えますし、フィットします。
ところが、事実を示したり、判例通説がこうなっているという説明を示したりするところでむやみに「考える」とする人がいるから、おかしいと感じるのです。
また、理由を示すことなく「・・・と考える」と結論だけ示す人もいて、そういう使い方の場合は問答無用のニュアンスが強くでます。

ということで、「考える」という言葉を使うのがすべて悪いとかいっているつもりはないし、文脈によってぴったり来ることもありますけど、その文脈に合わない使い方をすれば、ニュアンスの緩和というねらいはかえって逆効果になると考えます。
(マスを付けても同じね)

ちなみに、「けだし」とか「ひっきょう」とかを日常用語でも使う人を私は知っている。かつて同僚だった早稲田の清水章雄先生。

投稿: 町村 | 2004/12/07 11:08

 はじめまして。「ジストニア」の難病に侵されて司試・ローを一時休戦しているKです。しばらく本格的に勉強にありつけていない状態ですので、おかしな文章もあると思いますがどうか多めに見て下さい。
 接続詞の使い方について、司法試験採点者の、半数の実務家はどう見ているのでしょうか?やはり否定的なのでしょうか?もし否定的でないならば、仮に研究者段階の採点で印象が悪く点数が悪くても、実務家段階ではその採点を修正されると思うのですが・・・。
 この試験が実務家登用試験である以上は、形式面を見るのではなく実質面(実務家としてやっていけるかどうか)を見るのが、実務家の採点基準だと思われます。起案の形式面については恐らく修習所で直されるのではないでしょうか。
 先生方は如何お考えですか?

投稿: K | 2004/12/08 22:39

Kさんに答えるエントリを落合先生が書かれています。
http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20041209#1102521751

投稿: 町村 | 2004/12/09 20:37

 町村先生ありがとうございます。参考にさせていただきました。
 もう一つ、お聞きしたいのですが、よろしいでしょうか。
 「けだし、」ですが、研究者側としては「けだし、」は余り印象がよくないと受験生の噂で聞いたのですが、実際のところどうなのでしょうか。是非、研究者・実務家の考えをお聞きしたいです。
 私は、大学では裁判書を手本にレポートなどを書いていたために、予備校の答案練習会でも「けだし、」や「と解すべきである・ものと解するのが相当である」などを使うことが、少なからずありました。これらの文章表現の点について先生方は如何お考えでしょうか。
 お忙しい中、お手を煩わせて申し訳ございません。

投稿: K | 2004/12/10 13:38

Kさん
 私の個人的な見解ですけど、
「けだし」とか「ひっきょう」とか、古風な判例用語でも、日本語として正しければ抵抗はありません。「考える」でも同じですよ。
「・・・と解すべきである。」というのも、それがぴったり来るところはありますよね。「解するのが相当である」というのも同様。
ただ、理由付けが簡潔明瞭にきちんとしていれば、それらの表現が独善的に響いたり「勝手に言ってろ」という反応を引き起こしたりすることはないと思います。
でも判例とか有力説をそのまま引き写して「・・・と解するのが相当である」というよりは、「判例は・・と解している。これを前提にするなら、・・・」とかやってくれた方がすっきりします。

というように考えます(独断的評価)。

投稿: 町村 | 2004/12/10 15:22

 町村先生、早速のご返信ありがとうございます。
 先生は個人的には、日本語として正しければ接続詞や文末に関しては、そこまで(噂で言われているようには)不快になることはないのですね。病状にもよりますが、症状が改善されれば論文をまた書けるようになると思いますので、理由付け等についても簡潔明瞭になるよう努力いたします。
 大変お忙しいところ、お時間をとって頂き、誠に申し訳ございません。ありがとうございました。

投稿: K | 2004/12/10 21:04

はじめまして。
ロースクール志望の学生です。

「けだし」という言葉は法律家の間では「なぜならば」という意味で使われているようですが、私はこの「けだし」の用法は文法的には完全に誤った用法であり、法律家の中にもこの用法を嫌う方が少なからずおられるという話を聞いたことがあります。
私はそれ以来、「けだし」をそのような意味で使うことは避けているのですが、皆さんはどのようにお考えでしょうか?

書く側と採点する側、双方のご意見を聞くことが出来ればありがたいです。

投稿: s | 2004/12/11 22:48

「思うにそういう文章作法は中学・高校の教育すべき内容だと考える。」という発言は、「ゆとりの教育」というお題目に振り回された現場を無視した超然発言としか考え得ません。そのような文章作法を教える時間的余裕があるという話は、寡聞にして存じません。逆の話ならよく聞きますが…。

投稿: とある現行試験受験生 | 2004/12/11 23:48

「けだし至当である」
とかいうなら日本語としても間違っていないのでしょう。私は使いませんけど。
「なぜなら」の意味で使う「けだし」が文法的に誤用だとしても、「一生懸命」とか「全て」とかのレベルに達しているという意見もあるでしょう。
でも間違った日本語だと考えているのなら、無理に使わないのは結構なことだと思いますが。使わなければならない理由もないし。

投稿: 町村 | 2004/12/12 14:42

>思うにそういう文章作法は中学・高校の教育すべき内容だと考える。

思うに国語教諭が相田みつをの詩を知らず、女子生徒をけなすようでは、文章技法はつかないと考える。

<判決によると、女子生徒は3年生だった01年1月、「花はたださく ただひたすらに」と書いた書き初めを、国語の授業に提出した。書家で詩人だった相田みつをの詩だが、国語教諭はこの詩を知らず、ほおに指を当てて(傷跡を)なぞる仕草をして「こういう人たちが書くような言葉だね」と発言した。同級生は笑い、女子生徒は「やくざ」などとからかわれるようになった。>

投稿: いかないかん | 2004/12/25 13:58

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