著作者人格権不行使特約が有効になる場合
著作者人格権不行使特約が有効になりうる場合を考えてみたい。
といっても、本格的に考察する暇も能力もないのだが、小倉弁護士が引用している田村先生の見解をよく読んでみよう。
「著作者人格権のように特定の著作物に関する人格的な利益が問題となっている場合には、侵害となるべき行為も限定されているのであるから、著作者人格権の不行使特約を有効とする法理を採用しても、当事者にとって酷とはいえず、契約の相手方に比して弱い立場にいる著作者の保護は一般的な公序良俗や意思表示の瑕疵の規定による処理に委ねておけば十分であろう。」
ここで書かれているポイントは「特定の著作物に関する人格的な利益が問題となっている場合」というところにある。著作者人格権を行使しないとする対象の著作物がなんら特定されないまま、一定の媒体に掲載された著作物について「一般的に」著作者人格権を行使しないという特約を結んでも、田村先生の論旨にはマッチしないだろう。
確かに、特定の著作物について、著作者が自由意思で氏名表示をしなくてよいと認めたり、改変することを認めたり、その改変の裁量を他人に委ねることはあり得るし、法的な約束として有効であろう。しかし著作物を特定することなく、一般的に著作者人格権を行使しないことを約束する場合には、「当事者にとって酷とはいえず」とはとうていいえない。
のみならず、そのような包括的な約束で、一切の著作者人格権不行使というような重大な効果を認めるのは、著作者人格権は放棄できないとする前提を全く骨抜きにするものであり、あまりに均衡を失しているといわざるを得ない。
また小倉弁護士が引用する判決の意味だが、一般的に著作者人格権の譲渡や放棄はもちろん、不行使特約が有効であることを認めたと読むのは誤読であろう。判決文では被告の「著作物を利用する行為が,原告の著作者人格権を害するなど通常の利用形態に著しく反する特段の事情の存在する場合」でなければ、という条件が付けられている。
一般論のレベルではあるが、原告の著作者人格権を害することは、結局許されていないのである。
おそらくは、著作者人格権を害するといっても、一字一句改変を許さないとか、(ネット上でよく見られるような)改行位置すら変えてはならないとか、そのようなリジッドな同一性理解によるものではないであろう。
「害する」ことの程度によるだろうが、不行使特約を定めた場合であっても、それで何をしてもよいというわけではないというのが、この小倉弁護士の挙げてくれた判決の意味でもある。
ということで、結局、一般的抽象的に不行使特約が有効だといっても、それ自体はあまり意味がない。著作物を特定しての特約なのか、包括的なのかによっても評価が異なるだろうし、不行使特約をたてに著作者の意に反する利用をした場合の利用態様によっても、特約の効力にかんする評価が異なってくる。
いずれにしても確かなことは、ライブドアの会員規約8条のような包括的な不行使特約は、法的効力がその額面通り認められるとはいいがたく、適切な規定の仕方とは言い難いということだ。
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