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2004/06/26

技術の進歩と法のダイナミズム2

技術の進歩が法を変容させるメカニズムを論じるのは、簡単に済ませようと思えば簡単で、こり始めるときりがない泥沼へと落ち込むこと必定だ。

とりあえずラッダイト運動のことを思い浮かべても、技術進歩が法を変えるのには様々な抵抗を乗り越えて行かなければならない事態が容易に想像される。

#ちなみにラッダイト運動についてはラッダイトってありなのか?が非常に面白い。これによればラッダイトが打ち壊したニット織機は聖ウィリアム・リーという人がある娘を口説こうとしたところ、その娘がニット編みに夢中であったため、ニット編みなどしなくてよくなるようにと発明したものだそうだ。
##あ、こんな部分だけ取り出して紹介すると、誤解を招きそうなので一言。このラッダイトってありなのか?はもっとたくさんの情報が詰まっていて、しかも面白いので、是非ご一読を。

産業革命のような大きな変動に至らなくとも、技術の進歩が法を変容へと導いた例は枚挙に暇がない。
・交通手段の発達は海上・陸上・航空とそれぞれの領域で法の発展をもたらしたし、身近なところでは自動車の発達が民法の基本原則である過失責任主義を動揺させた。
・大規模小売店の発達は小規模な小売業を中心とする秩序を破壊し、最初は保護立法を、やがて新しい競争秩序を認めざるを得ない方向に法を変動させた。
・生殖医療技術の発達は、血縁関係に基礎をおく親子の観念自体を変えようとしているし、移植医療の発達が死の観念を変えてしまったのはもう昔の話だ。
・コンピュータ、デジタル、ネットワークは、取引のあり方も財産のあり方も政治のあり方も、数多くの法領域に変動をもたらしている。

こうした例の中には、既存の法体系が新しい技術を取り入れて、同じポリシーを維持している場合もあれば、既存のポリシーの転換を余儀なくされた場合もある。公害・環境問題と産業振興の制約はその例だし、様々な局面での過失責任主義の後退もその例である。大規模小売店舗の発達と保護政策の転換も、局面はだいぶ違うが、同様の例と見て差し支えない。心臓死から脳死へも同様であろう。

これらの例の多くは、国会の法制定により法の変容がもたらされたように見えるが、法の変容は立法によらなくても起きる。判例法はその顕著な例だし、慣習法もありうる。
取引実務の積み重ねがあると、関係者が共通に信頼することによって規範となり、それが判例や立法に取り入れられるという現象は数多い。典型的なのは仮登記担保であり、譲渡担保であり、ファイナンスリースであり、相殺の担保的機能である。
新しいところではデリバティブ取引とネッティングが、取引実務から生まれたビジネスモデルであって、やがて立法に取り入れられた例である。

肝心なことは、これらが立法に取り入れられる前に、あるいは判例で法的保護が認められる前に、関係者相互間の共通了解により規範化していったという点である。もちろんそこには契約自由の原則という高次の法原則の下に発展したという側面があることは無視できない。しかし関係者間の共通了解が法の変容をもたらすのは契約自由の原則が妥当する領域に限られないこともまた否定できない。例えば社会通念の変化によりわいせつ基準が変わってきたことは、その顕著な例だ。

もちろん望ましい例ばかりではない。エシュロンにより、通信の秘密という概念は大きく損なわれている。映像解析と集積技術、そしてネットワークの組み合わせにより、人に知られずに旅行をする自由はなくなった。憲法には移転の自由というのがあるが、これが旅行の自由を含むのかどうかよく分からないが、ともあれ高速道路を通るときも主要幹線道路を通るときも、車のナンバーから移動経路・時間をしっかり記録されることを甘受せざるを得なくなっている。
こうした例は、なるほど国会できちんと議論されて導入されたものでもなさそうなので、民主主義に対するテロリズムと言いたくもなる。

冗談はともかくとして、デジタル・ネットワークが世の中を変え、法の変容をもたらすことはごく当然のことだ。そしてそれは既存の法的利益に適合した法発展をもたらすこともあれば、既存の利益を損なっても新しい生活のあり方を生み出し、ビジネスモデルを生み出すことがあり得る。既に紙媒体による伝達に依存した経済的利益は大きく損なわれているだろうし、その変化に対応して自らのあり方を変えていける業界が生き残り、対応能力がないところは淘汰される過程が見られる。

著作権だけが、現在の体制を維持できるというのは根拠のない妄想である。
著作権制度こそ、表現媒体の技術的発展によりダイナミックな変化を経験して発展してきた法領域であり、映画の頒布権のような特定のビジネスモデルに適合する保護形態を内包する領域である。デジタル化とネットワーク化により、大きく影響を受け、新しいビジネスモデルがネットワークに適合して生まれてくれば、それに見合った法の変容がもたらされるだろう。
そしてそのとき、既存の法により保護された利益がそのまま維持できるとは限らない。むしろ、新しい技術条件に適合して自らを変えていけるところが生き残り、そうでない既存の法的利益にしがみついているところは淘汰されることにもなるだろう。

このように考えると、既存の著作権によって立つ業界(必ずしも著作者とは限らない)が、新しい技術の発展を必死に拒み抵抗しようとしているのも、当然の反応かもしれないと同情し、再びラッダイトってありなのか?を読み返したくなったりするのだ。

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コメント

いよいよ、ワークショップが近づいて来ました。
支援者の方は、私を見つけたら、気軽に声を掛けて
ください。
私自身支援者の方々と、この機会に
お話をしたいと思っています。
残念ながら、
私は皆さんの顔を存じ上げていませんので、
よろしくお願いします。

投稿: 弁護士壇俊光 | 2004/06/28 02:05

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